きょうの俳句「冬隣」
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十六夜や鯨来初めし熊野浦 与謝 蕪村
雄大な景、説明はいらないでしょう。
熊野灘(三重県志摩半島の大王崎から和歌山県潮岬にいたる海域)
昨夜の名月は見事でしたね。デジカメのオートで撮ったものの真っ白けで月の影が撮れません。手動に替えて悪戦苦闘、何とか撮ることが出来ました。オートは意外に不便でした。今夜は十六夜ですが、天文学的に云えば今夜が満月、昨夜より月は丸く見えます。
季題・十六夜(いざよい、いざよひ)、陰暦8月16日の月、いざよいはためらう、ぐずぐ ずするの意。十五夜よりためらうように少し遅く出てくることからの意。
また十七夜を「立待月・たちまちづき」、立って待っていれば出てくる。
十八夜を「居待月・いまちづき」月の出がより遅くなるので縁側などで座って待つ。
十九夜を「臥待月・ふしまちづき、寝待月」寝て待つ。
二十夜を「更待月・ふけまちづき」夜が更けた頃にでる。などなどと月をとことん楽しむのは日本だけの風習のようです。なんとも風流ですな。
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今日は陰暦8月15日、中秋の名月である。陰暦では7月、8月、9月が秋だから、8月は中秋になる。
しみじみと立ちて見にけりけふの月 上島 鬼貫
上島 鬼貫(うえじまおにつら・<1661-1738>芭蕉とほぼ同時代の人)
この句は前書に病後とある。病後でまだ体がおぼつかないが、きょうは中秋の名月 、外に出てもう見ることが出来ないと思った名月を眺めている。しみじみと立ちというところが、病気が辛かったようすがうかがえる。
俳句の世界では、花といえば桜の花をさすように、月といえばは秋の月をさす。
陰暦7月15日の月を「盆の月」、陰暦8月15日の月は「中秋の名月」、陰暦9月13日の月を「十三夜」と称し月を愛でる。
なお名月、明月、今日の月、月今宵、名高き月、名立(だ)たる月、端正(たんしょう)の月、満月、望月、望(もち)の月、望月夜、十五夜、三五(さんご)夜、三五の月、中秋、良夜、芋名月、全て陰暦8月15日の月をいう。
また天文学的な満月、十五夜は毎月あるが、俳句では陰暦8月15日の月をさす。
手持ちでやっと撮れました
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きょうの俳句
うつむく母あふむく赤子稲光 西東 三鬼
秋の雷つぶやきに似て鳴り終わる 三浦 ゆう
数日前にこの俳句のような光景が我が家で見られました。
いよいよ明日が投票日である。福田内閣が自民党最後の内閣とブログに書いたのに、選挙管理内閣として登場したはずの麻生政権が10ヶ月も続くというみぞゆう?の出来事に、冠動脈がぼろぼろで心臓病の障害者手帳を持っている山人は、いまや不整脈が頻発するという異常状態になっている。というわけで、明日の結果は山人の不整脈が治まるかどうかの重要な意味合いを持っている。小生もあと少しは長生きしたいので、不整脈が治まる結果を多いに期待しているのである。
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帰省して母と並びし厨かな 須藤 千寿子
季題・帰省(帰省は年末にもするが長い夏休みに帰省する機会が多いので夏の季語となっています)
昨年、母子共に九死に一生を得た娘が帰省しました。毎年お盆に帰省していたのに今回は航空運賃が安くなるお盆過ぎの帰省となりました。大阪の娘も経済的理由で今年は帰省しませんでした。麻生総理は、党首討論会で経済は回復しつつあると言っていたが、庶民には全く関係のない話でした。
この娘には私が小・中学校から知っている親友達がいます。30半ばになった今も、ちゃん付けで呼んでいる遠慮がいらない子供達です。今日は早速3人の友達が遊びに来ました。それぞれに子供が二人ずつ、8人の子供が集まるとてんやわんやの大騒動、子供達だけの記念写真もこんなありさまでした。
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精霊船航く爆竹をさかんにす 下村 かよ子
古式踏む精霊船の粛々と
という船はもうほとんど見かけなくなった。一昔前は精霊船が一番多く通る場所は背伸びしないと見えなかったのに、今は一番前で見ることが出来る。見物人が減っているのである。原因は一つ、爆竹である。耳に栓をしないとやかましくて我慢できない。山人もここ数年素通りである。爆竹を一箱燃やすのも珍しくなくなってきた。いずれ大やけどするとか失明するなどの大事故が起きても不思議ではない。
時代が悪くなると、爆竹を鳴らして憂さ晴らしをしたくなるのかもしれないですね。
飛行雲
出発前の精霊船(これは金がかかっています)
これからは婿の作品。 これも大きい。
小型の船
こんな船も
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7月10日(金)国土建設記念日、納豆の日、ウルトラマンの日
陰暦・閏五月(皐月)十八日 仏滅 二黒土星「大潮」
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水貝に一箸つけし病余かな 百合山 羽公
季題・水貝(新鮮な鮑を塩で洗い、身を賽の目に切って水で冷やして食べる。氷を浮かべたり、サクランボや胡瓜をあしらうとより美味しく食べられる。夏の料理の一つ。こんな洒落た料理は食べたことがありませぬ)
病余(びょうよ・病気が治ったすぐあと)
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余禄 今日の名言
誰でも長生きはしたいが、年寄りとは呼ばれたがらない『北欧の諺』
(テレビ、ラジオのアホレポーターから「おじいちゃん!おばあちゃん!」
と呼ばれて腹が立たなくなったら墓場が近い?)
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今日の写真
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7月7日(火)小暑(二十四節気の一つ、夏本番となる)、冷やし中華の日、浴衣の日
(七夕を新暦で祝うなんてナンセンスである。俳句では当然ながら秋の季題となっている。陰暦で行われていた行事は陰暦で行うのが理に叶っている)
陰暦・閏五月(皐月)十五日 先勝 八白土星「大潮」
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話し寄り話し別れて草取女 富安 風生
季題・草取(草むしり、真夏日の草取は大変である)
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余禄 今日の名言
ライオンのように吠えて野鼠のように逃げる『モンゴルの諺』
(意見だけは正論らしきものを大声で言うが、いざ自分が責任者となって
実行するのはしりごみする。身近にいるよね、こんな人)
今日の写真
ミューヘンから白鳥の城といわれてる有名な「ノイシュバンシュタイン城」へ日本人のガイド付きバ行く。
ノイシュバンシュタイン城の見学はガイド付きです。ドイツ語、フランス語、イタリア語、英語と4列に並びます。山人一行は英語は分かるという顔をして英語の列に並びました。
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7月3日(金)ソフトクリームの日、通天閣の日、波の日(語呂合わせ)
陰暦・閏五月(皐月)十一日 先負 四緑木星「若潮」
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大粒の雨ふる青田母のくに 成田 千空
季題・青田(田植から一ヶ月ほど過ぎ稲が伸び青々としてきた田をいう)
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余禄 今日の写真
ミューヘン駅で下りると女性日本人観光客と一緒になり、「見える丸い二つの塔はネギ坊主といわれ市内のどこからでも見えるように景観条例が定められている」と説明してくれました。
昭和三十年代頃は我が家の二階から港が見えたのに、今や空しか見えない。長崎は観光都市というのに景観条例はあって無きが如くといえる。
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数日前から気温30度、日当たりのよい我が部屋は32度まで上り、梅雨明けした真夏日という感じです。
兼題は「梅雨晴間・雑詠」
追憶は夫在りし日々月涼し 田鶴子
老鶯や忘れてをりし里の道 路子
古希仲間梅雨の晴間の集いかな 山人
トンネルを抜け万緑の迫り来る 洋子
木洩日や沙羅の花咲く庭となり 千代美
らっきょうの香に包まれし厨かな 伯水
梅雨晴や退院の日の決まりたる 寂水
リハビリの一歩が嬉し梅雨晴間 汀子
句会は句評、句作の話と、わいわいがやがやと姦しい。終った後も一時間ぐらい歓談となる。早く寝て3時に起床する人、2時に就寝する人、文学者の生活は不規則である。
7月、8月句会は初盆が二人いるため休会となりました。
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無駄なもの多き身ほとり春暑し 松井百枝
南向きの我が部屋は連日28度を超えています。
夫逝きし日々にも慣れて花の縁 田鶴子
春惜しむ港のバスにわれひとり 路 子
春愁やきょうも遅れし花時計 山 人
水郷やゆるき流れと青柳と 千代美
泣き顔もいつしか笑顔シャボン玉 伯 水
花冷や茶屋の汁粉の温きかな 寂 水
おもかげを残す遊里の柳かな 汀 子
「組織の中で自分が必要不可欠な人間だと思っては駄目だ。そんな人間は世界に一人もいない」というような意味を「チェ・ゲバラ」が映画の中で語っていたと 記憶している。主宰が亡くなり句会は成立しないと思っていたのに、何事もなかったように句会が開かれる。主宰夫人やベテランの適切も句評もあり、前とは違 う新たな句会として成長しそうである。
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来週が納骨なのでまだ主人が居るうちにという夫人の意向もあり、主宰宅で新年会をかねて初句会を開きました。
余生とは地球の隅に日向ぼこ 蕉露(主宰)六点句
草や木やそれぞれに枯れ我もまた 蕉露
枯れてゆく川逆光の水光る 蕉露
去年今年なく忌ごもりの庭を掃く 田子
穏やかな遺影の部屋に日脚伸ぶ 路子
亡き師より賀状来てをり達筆な 山人
初旅や車窓の景も新たなり 千代美
恩師逝き年明くる日々儚くて 伯水
師を偲ぶ筆の重さや初句会 寂水
元旦や巻頭かざる師の一句 汀子
(元日の地元新聞「きょうの一句」に主宰の句が掲載されました)
主宰が亡くなられて、遺稿を整理された夫人が12月句会に出句予定だったと思われる句を見つけられ、三句を出句されました。無記名でしたが上句が6点という最高得点をとられ、主宰は見事に掉尾を飾られました。
句会が終り今後どうするかを話し合い、出席者全員が、従来通り毎月例会を開くことで一致し、主宰代行は夫人、会の司会進行は山人ということで一件落着となりました。
仲良し雀と目白(寂水さん撮影)
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雪の朝二の字二の字の下駄のあと 田 捨女
この句は子供が作った句として誰でも一度は聞いたことがあっても、作者までは知らないでしょう。私も俳諧を勉強するようになってやっと分かりました。
田 捨女(でん すてじょ)は、芭蕉より10年早く生まれ芭蕉の数年後に亡くなりました。当時では著名な女流俳人だったようです。『続近世畸人伝』に「幼より風流の志あり。六歳の時」としてこの句があげられているそうです。しかし存命中に書かれた自筆句集の中には見あたらない所から、真偽の程は分からないという説もあるそうである。たとえ6才の少女の作ではなくても、何か清々し感じがしてとても良い句だとおもいます。
長崎でも10日は久しぶりに1センチほど雪が積もりました。早起きの人には下駄ではなくても、
雪の朝蛇行しているわだちかな
雪の朝小股小股の靴のあと
のような情景が見られたかも知れないですね。
蝋梅
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亡き師より賀状来て居り達筆な 山人
宛名書きも文章も全て筆で書かれている師の賀状、12月19日に亡くなったので12月早々に書かれたものでしょう。俳句に衰えが無かったように、筆にも衰えがありません。貴重な形見になりました。
今朝よりは生命あるかに初暦 蕉露
師の句です。年が改まると暦はこの日あの日の予定が組まれ生きてきます。初暦が効いています。
大晦日に生まれた5人目の孫、心肺停止で生まれ、脳症の疑いで未だ保育器の中です。
元日には「痙攣が起きたら危ないです」と言われていたそうだが、三日には酸素チューブがとれ、自呼吸ができるようにはなったものの、ぐったりとしてまだ元気がないそうです。二日に子供と対面でき嬉しそうにしていたという娘も、三日は、歩いて子供に会いに行けるようになり、感染症の治療があるものの、平熱に戻ったし二三日の内に一般病棟へ戻れるだろうという話である。どうやら最悪の事態だけは免れたようでやれやれである。
保育器をけふ出でし児に日脚のぶ 下村ひろし
(父とも知人であり、私の長女も取り上げていただいた、長崎では著名な産婦人科医であり、また著名な俳人でもあった方でした)
我が孫にも一日でも早くこの句のようにありたいものである。
今回は大学病院に入院していても胸のつぶれる思いをしたのだが、産気づいて救急車でたらい回しされた妊産婦の方、その家族の方のことを思うと怒り心頭である。これはまったく政治の責任である。官僚を制御出来ない無能な大臣が続くからこのような信じられない医療行政がまかり通るのである。これを正すには選挙しかないと山人は思っている。
師から頂いた薔薇の絵
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山人夫婦の仲人でもあり句会の主宰でもあった恩師が八九才で逝去されました。12月句会の前日の夕方でした。
息を引き取る数時間前に明日の句会の句を書き取ってくれと付き添っていた妻に頼む程、俳句は人生の一部でもあった方でした。句は残念ながら聞き取ることが出来ず、いまは知る由もないのが残念であります。早朝に救急車で入院され夕方には亡くなられ、私がかけつけた時は二〇分前に息を引き取られていて間に合いませんでした。
師は尊厳死協会員ではありませんでしたが、担当医に自分の口から「覚悟は出来ているから、無用な延命治療は一切しないでくれ」という潔い死に様でした。
帰宅後、明日の句会は中止と句友に連絡しました。翌日の朝、奥様から電話があり、「夫の側で普通通りに句会を開いて下さい、このことが俳句を愛した夫に対する最大の供養であると自分は思うから」と言うことでした。一瞬絶句をしたものの、その通りだと思いました。そして午後〇時から、親族の方は退席していただき、喪主である夫人は投句だけされて、霊前で私の進行で追悼句会ではなく、例会という形で句会を開きました。流石全員が自分の両親を見送った人生のベテランたちである、何事もなかったように和やかに普通通りに句会は進行し一時間半ほどで句会は終了しました。
「十二月例会」
露座仏の竝び在して草枯るる 主宰夫人
卒寿の師赤いマフラー似合もし 路子
寒月や終点降りし我一人 山人
山茶花のこぼれて白き道となり 千代美
鳴りやまぬ霧笛が包む街師走 伯水
聴診器埃かぶりて年を越す 寂水
時雨るるや列福式の聖男女 汀子
寒禽の飛び翔ちしあと山しじま 慶秋
虚子の掛軸主なき冬座敷 智恵
弔句
水流るゝごと師は逝きて年暮るゝ 路子
オリオンの星座を愛でし師は宇宙へ 山人
まなざしの優し遺影や冬薔薇 洋子
在るがまゝ恩師は逝きし冬薔薇 千代美
冬うらゝ古武士の如き恩師逝く 伯水
薔薇愛でし師は逝き除夜の鐘を聞く 寂水
整ひて淋しや主無き冬ざしき 汀子
枯菊や色残りゐて艶もなほ 慶秋
大き星ひとつ加はり冬銀河 智恵
この夜、通夜が行われ、子供がいない八五才の夫人が淡々と病状の経過と延命治療をしなかったことなどを述べられました。翌日の本葬の時は言葉に詰まりながらも凛として謝辞を述べられ、見苦しい様だけは見せたくないという毅然とした女性の生き様を見せていただき、喪主を務めた父母の葬儀のときに出なかった涙を禁ずることが出来ませんでした。
なお式場では、主宰が「僕の葬式の時は大好きなこの曲流してくれ」と言われた「仰げば尊し」の歌が場内を包みました。
「仰げば尊し」
(一)
仰げば 尊し 我が師の恩
教の庭にも はや幾年
思えば いと疾し この年月
今こそ 別れめ いざさらば
(二)
互に睦し 日ごろの恩
別るる後にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば
(三)
朝夕 馴にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば
合掌!
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十一月の兼題は「小春」でした。
何もせぬことが楽しき小春縁 蕉露
憩い石すでに人ゐて小春苑 田子
通院も小春日なれば気も軽し 路子
嫁ぐ娘と母針仕事小春縁 山人
小春日の暮れゆく空に月円し 洋子
光あふ雑木林の小春かな 千代美
眼鏡橋渡る芸子衆小春かな 伯水 芸子衆(げいこし)
白き帆の海が絵となる小春かな 寂水
小春日や初顔の猫庭よぎる 汀子
暮れてなほ普請の音や日短 慶秋 日短(ひいみぢか)
句会雑談
「K」さんは毎月東京から出席されます。いつもはショルダーバッグなのに今月は大きなキャリーバッグ。「空港はエスカレーターがあるから楽ですね」と誰かがいうと「とんでもない。下りのエスカレターはありませんよ。こんな空港は見たことない」と長崎出身にしては厳しい言葉である。確かに車椅子の人とか、お年寄り、足が悪い障害者の方には、エスカレーターがないと大変である。山登りでも怪我するのはほとんど下りの時である。要するに障害者は家に居てうろちょろするなということらしい。
今年の正月、娘家族と「JR」で「ハウステンボス」へ行ったのだが、土曜日の午後なのに、「ハウステンボス」駅で降りたのは我々家族だけ、すぐ理由が分かった。娘が「何でエスカレーターがないのよ」と怒った。見上げるような高い階段。翌日東京へ帰るから両手に荷物、それに幼子。駅の階段を登れば水路をまたいで立派な橋が架かっている。アンバランスの極致である。要するに「JR」は身軽で、健康な人が利用する乗り物だから、老人や障害者の為に金など掛けられるかということのようだ。そうして赤字になることはわかりきっている「長崎新幹線」に数千億の金をつぎ込むのである。
私の姉は、膠原病で膝から下を切断したのち、車椅子で娘一家とハワイ旅行をしたのだが、ハワイの人たちは親切で、まったく不便を感じなかったと言っていました。その後、法事で長崎へ来たとき、ホテルへ付き添って行ったものの、タクシーの乗り降りから全てに於いておおごとでした。十数年前の話だが、情況はほとんど変わっていない。自分が弱者になって、経済大国日本がいかに弱者に冷たい国かがよく分かるのである。大富豪で、通学は高級外車で送り迎え、愛読書はマンガという政治家が総理になる国である。弱者の気持ちなんて分かるはずがないよね。
初冬の長崎港
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俳句の四季は陰暦に基づいている。だから春は立春から立夏、夏は立夏から立秋、秋は立秋から立冬、冬は立冬から立春であるから、俳句の四季は陽暦よりおよそ一ヶ月近く早く始まる。
もう俳句を始めて20年になるので、この感覚が身にしみ込んでいるが、異常気象で、日中の気温が27、28度近くあればこの感覚が崩れてくる。ゆえに今の季節は俳句の世界ではすでに晩秋であるが、現実ではまだ中秋であり、秋たけなわという感じである。
東北地方では紅葉の盛りかも知れないが当地ではまだまだである。
今月の兼題は「夜長」であったが、季節感が狂ったせいか、主宰からいい句が少なかったと言う講評を受けた。そのせいか選句もばらばらで高得点句が少なかった。
妻と我れ二階と下の夜長かな 蕉露
アルバムに夜長の心遊ばせて 田子
貸店舗札の目立ちて秋深む 路子
今日も又消し忘れしや夜長の灯 山人
長き夜やおもひおもひの部屋灯り 洋子
長き夜の眠れぬ夫のバッハかな 千代美
冬支度また古きもの出してをり 伯水
捨てきれぬ古き写真や秋の夜 寂水
秋の花野にあるように壺に挿し 汀子
新米といふ幸せの塩むすび 慶秋
久しぶりにMBLアメリカンリーグ優勝決定シリーズ第7戦、レッドッソクスvsレイズ戦を開始から終わりまで観戦する。緊迫した投手戦で、はらはらどきどきの連続だった。結局はレイズ監督の投手交代に迷いが無く、小刻みの継投策で2点差を守りきった。レッドソックスファンであるが、昨年最下位だったレイズに判官贔屓心が沸いていたのでよしよしであった。企業の宣伝媒体のような日本プロ野球より、MBLが遙かにおもしろい。
秋だな!
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恩返し出来ぬ人生鰯雲 山人
妻の叔父が亡くなり世話役の妻が居ない句会となりました。
草に鳴き頭上に鳴きて蟲浄土 蕉 露
絵心と句心同じ芒道 蕉 露
雑念の入る隙もなき虫時雨 路 子
絵の批評手話が飛び交ふ秋画廊 路 子
ケアハウス一つ残りし夜長の灯 山 人
妻の居ぬ冷えた味噌汁秋の暮 山 人
食べ方に上手下手あり秋刀魚かな 洋 子
色々の秋の蝶来て庭たのし 洋 子
風通ふビルの谷間の爽やかに 千代美
露けしや小庭の闇のやはらかく 千代美
石仏も吾も濡れたる朝の露 伯 水
豊漁の秋刀魚焼く日の続き居り 伯 水
虫の声若き佛の声と聞く 寂 水
栗を蒸す匂いにつられ本を閉じ 寂 水
たまさかの静かな家居昼の虫 汀 子
いつとなく敬老として祝はるる 汀 子
23日は彼岸の中日、妻の実家のお墓がある佐賀県多久市へ息子と娘の四人で行ってきました。現地で妻の弟一家三人と落合い計七人でお参りしました。ご先祖様たちも賑やかで喜んでくれたことでしょう。
子供たちは赤ん坊の時から、春秋の彼岸、お盆、年末と墓参りに連れて行ったので、大人になっても嫌がらずにお墓参りをしてくれます。親に似て富や地位に恵まれなくてもこれだけでも十分だと思っています。
国道沿いに曼珠沙華が咲いていました。
赤い花なら曼珠沙華オランダ屋敷に雨が降る
白い曼珠沙華
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朝夕やっと涼しくなってきましたね。蝉時雨も遠くなり、
赤とんぼが舞い、虫の音も聞かれるようになりました。
皆さん初秋雑詠でチャレンジされました。
毎日が同じ余生や秋団扇 蕉露
秋の蝉しみじみと鳴くしみじみと 蕉露
植木鉢枯れて喪の家秋立ちぬ 路子
今朝秋の路傍の花も愛しくて 路子
うたたねや新涼の風取り込みて 山人
精霊の帰路を照らして盆の月 山人
盆の墓世代の移る様子見し 洋子
雨を得て樹々甦り涼新た 洋子
かなかなや終点のバス折り返す 千代美
野の花の一輪挿しや今朝の秋 千代美
無人駅人影もなし花芙蓉 伯水
秋めいて髪切る妻のさっぱりと 伯水
一瞬の朝焼け雲を秋と読む 寂水
庭の隅秋茄子一つ風に揺れ 寂水
盆の月父母遠くなりにけり 汀子
天高し大和なでしこ快挙上ぐ 汀子
水揺らす強き日差しや新豆腐 慶秋
靖国に法師蝉鳴く頃となり 慶秋
お盆の長崎の墓、時刻は夜7時過ぎ。煙は花火
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東京から毎月参加されているKさんの奥さんが今月参加されました。
兼題は、「夏服」、別に強制ではないので夏の雑詠でもOKとなっています。
誇るでもなく夏服の胸豊か 蕉露
手に上着もつて夏服姿成る 蕉露
夏服の孫に抜かれし背の丈 路子
夏の日の少年にくる変声期 路子
白服に変わり思春期清々し 山人
初蝉のか細く鳴きて仕舞いけり 山人
麻の服皺も一つのお洒落とし 洋子
産卵を終へし目高にやつれ見え 洋子
衣装箱父の夏服そのまゝに 千代美
夏衣朝茶の席に招かれて 千代美
甚平を纏ひて心和みけり 伯水
百足出で我飛び跳ねつ取り逃がす 伯水
自家製の胡瓜一本土産とす 寂水
日傘さす我が女房の遠く見え 寂水
ギンガムの夏の制服あどけなき 汀子
恙なく一日の旅程髪洗ふ 汀子
夏服や細くなりたる妻の腕 慶秋
湖の少し寂しき花火かな 慶秋
夏服の見上げてをりぬ掲示板 智恵
夕立のそこまで来てる空の色 智恵
俳句談義
「ピイヒョロロ鳶の高音に昼寝覚」 山人
三点入りその内一点は特選句だった。特選句とは自分以外の全句の中から一番よいと思った句に二重丸を付ける。つまり今月(<一人6句出しで6句選ぶ>出席11人だったから)は、60句の中から一番よい句と思われたことになる。
しかし句歴50年を超える主宰夫妻から、「ピイヒョロロ」がだめだと言われた。まあ鳶の高値はピイヒョロロに決まっているというわけであろう。そこで作り直すと
「昼寝覚鳶の高音や頻(しき)りなる」
となる。しかしこれだと多分点は入らなかったと思う。遊び心で詠んだ句であり、昼寝覚が効いていて「ピイヒョロロ」がポイントだったから満足すべき結果だったが、
超ベテランからすれば、なんだこんな句となってしまう。俳句が難しくておもしろい所以である。
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墨田の花火
今月の兼題は「茂り」でした。
草木が土が見えないくらいびっしりと生え茂っている事。
我が狭庭の草木も茂りに茂っています。
雨に濡れた緑は美しく見飽きる事がありません。
けものみちめきて小径や草茂り 蕉露
ほどほどに庭茂らせて住み古び 蕉露
庭茂る留守居の夫に変わりなく 路子
水尾残し船呑まれゆく夏霞 路子
雨続き木々の茂りて窓を打つ 山人
蓮の葉の水玉ゆらりゆらりかな 山人
茂るもの茂らせて庭なほ狭し 洋子
震災の地に梅雨入りの疎ましく 洋子
枇杷熟るる岬の茶屋の昼下がり 千代美
小雨降る庭の茂のしずかかな 千代美
廃屋や茂るばかりぞ草や木も 伯水
小窓越し螢一匹ひかりをり 伯水
木々茂り茶室の香り流れ来る 寂水
青空をバックに映えて茂る森 寂水
五月晴荷を振り分けて箒売 汀子
梅茂る隣家の窓はあのあたり 汀子
ひとすじの道は万緑へと消えて 慶秋
万緑の中を崩れし道あはれ 慶秋
短夜や今見し夢を追ふてゐし 高得点句
句会の閑話 今日は方言で話が弾みました。
「ととっと」
「その席ととっと?」「うんととっと」
(そこの席は取っているんですか。はい取っています)
「すーすーする」
「こん部屋なんかすーすーせん」「うん、すーすーすう」
(この部屋は何か冷や冷やしない。うん冷や冷やするね)
ある人の娘さんの話
ある大都会の保育園で、子供を迎えに行き、保母さんに
娘「あのう、きょう、うちの子しかぶりませんでしたか?」
保「えー、なんですか?」
娘「あの、しかぶりですが」
保「えー?しかぶる?」
娘「あの、おしっこを」
保「ああ、お漏らしですね」
娘さんは顔が真っ赤になったいうことだが、長崎でお漏らしという人はシカトされる。
「ションベンしかぶる」は標準語と思っていた人は多かったのである。今は昔の話。
梅雨晴間の公園
梅雨の眼鏡橋
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