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2010年9月26日 (日)

九月句会(2010)

兼題は「爽やか」気候が爽やかでなかったので難しかったという人が多かったわりには
皆さんそれなりにまとめられていました。

爽やかやみどり児抱いて若き母  田鶴子

装ひて帯にたしなみ秋扇  田鶴子

走りつついって来ますと爽やかに  路子

大祭の一番太鼓爽やかに  山人

けん玉で僕横綱と爽やかに  山人

昨日よりけふの日差しの爽やかに  洋子

栗剥くや母に習ひし里料理  洋子

静けさにありて爽やか神の杜  千代美

銀座にも虫鳴く夜のありにけり  千代美

水櫛の髪爽やかに寺詣で  伯水

赤とんぼ空一点に留まりて  伯水

爽やかや手術に向かう午後の時  寂水

病める身に夕日残りて街の秋  寂水

爽やかや散歩の道の距離のばす  汀子

露草のはびこるままのさ庭とし  汀子

今年は真夏から初秋を飛ばし一気に中秋に突入しましたね。地球環境を平気で破壊する愚かな人類に地球は怒っている。異常気象は始まったばかり、まだまだ続く。

民主党代表選に敗れても愚痴を言わない、他人を誹謗中傷しない、ただ応援した人に有り難うございますと頭を下げた小沢一郎は男が惚れる男でござる。

選挙負け一兵卒と爽やかに

熊本県山鹿市の田園風景(友人のY画伯の作品)
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コメント

今年のお宮日を病床で迎えるとは想定外の事であった。9月末からレントゲン治療の為に入院した。治療は病巣(左下肢大腿部)にレントゲンを照射するので、許可を得て浜町へ姪の助けを借りて出かけた。シャギリの音に包まれ長崎の雰囲気を十分に味わった。庭見せはクンチ馬鹿のノスタルジャーなのだと想った。暫し、病人である事を忘れ街の流れに身を任せた。
「クンチ馬鹿 病を忘れ 人の波」   寂 水

入院生活を数回経験して感じたのは、患者心理が理解出来た事であった。患者は常に受身であり、治療者の言う事は絶対的な重みを持っている。反論したら突き放されると言う感じを持っている。それだけに医療者は患者と同悲同嘆の心が要求されと思った。現役の医師の時代にこの様な事が理解し得たらと思ったが後の祭りであった。

後期高齢者になって3回の手術、抗癌剤服用、レントゲン照射と言った高度な医療を受けた。それは科学の粋を集めたものであった。それでも私は不安が残った。それらの医療行為に温かい人間の言葉が添えられなかったと言う想いであった。科学は厳粛である。然しそれを取り扱うのは人間なのである。昔は神が中心であった、今は人間が中心的存在なのである。だから人間性は心温かでなければ全ての行為が冷たい行為になりがちになる。全ての医療行為に人間の熱き情けで包んで貰いたいと念じている。

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