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2009年1月

初句会

来週が納骨なのでまだ主人が居るうちにという夫人の意向もあり、主宰宅で新年会をかねて初句会を開きました。

 余生とは地球の隅に日向ぼこ     蕉露(主宰)六点句

 草や木やそれぞれに枯れ我もまた  蕉露

 枯れてゆく川逆光の水光る       蕉露

 去年今年なく忌ごもりの庭を掃く    田子

 穏やかな遺影の部屋に日脚伸ぶ   路子

 亡き師より賀状来てをり達筆な    山人

 初旅や車窓の景も新たなり      千代美

 恩師逝き年明くる日々儚くて     伯水

 師を偲ぶ筆の重さや初句会     寂水

 元旦や巻頭かざる師の一句     汀子

 (元日の地元新聞「きょうの一句」に主宰の句が掲載されました)

 主宰が亡くなられて、遺稿を整理された夫人が12月句会に出句予定だったと思われる句を見つけられ、三句を出句されました。無記名でしたが上句が6点という最高得点をとられ、主宰は見事に掉尾を飾られました。

句会が終り今後どうするかを話し合い、出席者全員が、従来通り毎月例会を開くことで一致し、主宰代行は夫人、会の司会進行は山人ということで一件落着となりました。

主宰宅からの彦山(寂水さん撮影)
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仲良し雀と目白(寂水さん撮影)

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今日の名言「子育て4訓」

 インターネットで見つけ、山人のメルマガの「今日の名言」でも取り上げた

 「子育て4訓」

1、乳児は、しっかり肌をはなすな

2、幼児は、肌を離せ、手を離すな

3、少年は、手を離せ、目を離すな

4、青年は、目を離せ、心を離すな

昔は、乳児が泣いても抱き癖がつくからすぐ抱かないようにとか言われていたのに、最近では上記のようなことが常識となっているようです。身近に出産されたお母さんがいらしたら「子育て4訓」を是非ご紹介下さい。

1月26日(月)~2月9日(月)まで、今や長崎の冬の風物詩として定着してきた、ランタンフェスティバルが開催されます。ランタン祭りは旧暦の1月1日から15日間開かれるので、毎年日程が違う100%中国のお祭りです。

http://www.nagasaki-lantern.com/

一度遊びにこんねー!

夜になるとランタンに灯がともり、きれかですよ。
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無事に退院 追伸

やっとおうちにかえってきまちた。びょういんでは おなかがしゅいて よくないたけどおうちでは ままがしゅぐおっぱいを のまちぇてくれるので よくねむれまちゅ。パパや ながさきのおばあちゃんに はじめてだっこしゃれて うれちかったでちゅ。でもね びっくりちたのは、ぼくをぶっとばちゅー といっていた おうたんにいたんが、かわいい かわいい といって けいたんをだきちめるんだ。いままで ママがいちばん ちゅきだといっていたのに、けいたんが いちばんちゅきになったといっているんだよ。しんぱいちてたけど これでひとあんちんだ。おんたんにいたん なかよく あしょぼうね。おわり。

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無事に退院!

「けい」たんからの 手紙

ぼく けいたんでちゅ。みっかまえに、ねむりぐちゅりを ちゅうちゃ ちゃれて あたまの MRI をとられまちた。ちょちて せんせいから「まずだいじょうぶでしょう」といわれまちた。しょれで きょう ぶじに たいいんできることに なりまちた。

けいたんと ママの いのちを いっしょうけんめいに たちゅけてくれた せんせいたちと かんごしのおねえちゃんたちと けんさなどをしてくれたひとたちに こころから おんれいもうしあげまちゅ。ほんとうに ありがとう ごじゃいまちた。

せんせいのはなしでは、ママも ぼくも ほんとうにあぶなかったそうでちゅ。ふたりとも たすかったのが ふしぎでちゅ といわれたそうでちゅ。

けいたんにはね 6さいの ようちゃん というおにいたんが おそら にいるんだよ。そのようちゃんがね、おおみそかに ママとけいたんが しにかけていたときに、おそらかおりてきて、「しんじゃだめだよ! がんばれ! がんばれ!」 と はげまちてくれたんだ。だから けいたんもね「しんでたまるかー!」 と いっちょうけんめいに がんばったんだよ。せんせいの はなちでは ぼくより ママのほうがもっとあぶなかったんだって。ママも ようちゃんの おかげだといっていたよ。ようちゃんにいたん ほんとに ありがとう これからも パパや ママや おうたんにいちゃん けいたんを まもってちょうだいね。

あーあ ほんとうに いきるということは たいへんなことでちゅね。けいたんひとりの いのちではないことが よくわかりまちた。ママと けいたんを しんぱいちてくれた みなしゃん ほんとうにありがとうごじゃいまちた。みなしゃんのために けいたん がんばりまちゅ。

きょうから ママのおしょばで ねむれるから うれちいでちゅ。でもね けいたんには おうたん というこわいおにいたんがいるんだ。ぎゃあぎゃあ ないたら ぶっとばすー といっているんだって もうじょうだんは かおだけにちてくれーだ。ぼくはちゅかれているんだから かんべんちてくれよ! たのむよー! またね。 

ほんとにちんどかったよ
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今日の俳句・雪

雪の朝二の字二の字の下駄のあと  田 捨女

この句は子供が作った句として誰でも一度は聞いたことがあっても、作者までは知らないでしょう。私も俳諧を勉強するようになってやっと分かりました。

田 捨女(でん すてじょ)は、芭蕉より10年早く生まれ芭蕉の数年後に亡くなりました。当時では著名な女流俳人だったようです。『続近世畸人伝』に「幼より風流の志あり。六歳の時」としてこの句があげられているそうです。しかし存命中に書かれた自筆句集の中には見あたらない所から、真偽の程は分からないという説もあるそうである。たとえ6才の少女の作ではなくても、何か清々し感じがしてとても良い句だとおもいます。

長崎でも10日は久しぶりに1センチほど雪が積もりました。早起きの人には下駄ではなくても、

雪の朝蛇行しているわだちかな

雪の朝小股小股の靴のあと  

のような情景が見られたかも知れないですね。

蝋梅

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羊水塞栓症(ようすいそくせんしょう)?

31日に男の子を出産した娘、一時母子共に危なかったという知らせがあり、何かの感染症に罹っていると聞かされてはいたけど、5日、ICUから一般病棟に移り、6日に主治医から説明があったと娘から電話があった。病名はインフルエンザとは全く関係がなく「家庭医学大全科」にも乗っていない「羊水塞栓症(羊水は母体のものと思っていたが実際は胎児のものであり、その羊水が分娩中の母体の血液に入ると、希にアレルギー症状を起こすのが原因らしい)」ではないかという話である。グーグルで検索した所、数万例に一人という珍しい難病、奇病で、致死率80%、つまり10人の内8人は死ぬという難病。分娩中か分娩後に発症するから事前に発症を予測することは不可能と書いてある。主治医の説明では「どうして助かったのかが分からない、奇跡です」と言われたそうだ。教授会でも討議され、これは「羊水塞栓症」の疑い大と診断され、この病気を研究している H 医科 大の教授に全データを紹介したいと言われ勿論承諾したということだった。医者がどうして助かったか分からないというのだから、娘の自然治癒力が異常に強かったという以外無いのだが、病気のベテランと言われている私も検索記事を読んで腰が抜けそうになりました。この娘は私が心臓バイパス手術をする時に「お父さんは強運の持ち主だし、何かに守られているから私は心配しないからね」と言ってくれたのだが、多分この娘も何かに守られていたのだろう。妻はすぐにお墓参りに行き、私も今週中に行くつもりでいる。助けてくれるのなら、私の両親しかいないから。娘は土曜か日曜には退院できそうである。まだ元気がない赤ん坊もミルクを飲めるようになったし、毎日見ている看護師の話では、多分大丈夫(脳に障害はない)と言っているそうだ。しかしまだ当分は保育器の中らしい。あと精密検査をパスすると、「終わりよければすべてよし」となるのだが?今度ばかりは寿命が縮まった気がします。

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年賀状

亡き師より賀状来て居り達筆な  山人  

宛名書きも文章も全て筆で書かれている師の賀状、12月19日に亡くなったので12月早々に書かれたものでしょう。俳句に衰えが無かったように、筆にも衰えがありません。貴重な形見になりました。

今朝よりは生命あるかに初暦  蕉露

師の句です。年が改まると暦はこの日あの日の予定が組まれ生きてきます。初暦が効いています。

大晦日に生まれた5人目の孫、心肺停止で生まれ、脳症の疑いで未だ保育器の中です。
元日には「痙攣が起きたら危ないです」と言われていたそうだが、三日には酸素チューブがとれ、自呼吸ができるようにはなったものの、ぐったりとしてまだ元気がないそうです。二日に子供と対面でき嬉しそうにしていたという娘も、三日は、歩いて子供に会いに行けるようになり、感染症の治療があるものの、平熱に戻ったし二三日の内に一般病棟へ戻れるだろうという話である。どうやら最悪の事態だけは免れたようでやれやれである。

保育器をけふ出でし児に日脚のぶ  下村ひろし

(父とも知人であり、私の長女も取り上げていただいた、長崎では著名な産婦人科医であり、また著名な俳人でもあった方でした)

我が孫にも一日でも早くこの句のようにありたいものである。

今回は大学病院に入院していても胸のつぶれる思いをしたのだが、産気づいて救急車でたらい回しされた妊産婦の方、その家族の方のことを思うと怒り心頭である。これはまったく政治の責任である。官僚を制御出来ない無能な大臣が続くからこのような信じられない医療行政がまかり通るのである。これを正すには選挙しかないと山人は思っている。

師から頂いた薔薇の絵

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謹賀新年

喜びも悲しみもあり去年今年

あけましておめでとうございます。
当地は雪がちらつく元旦となりました。
結婚42年目で始めて二人だけの静かな大晦日と元日を迎え、我が家の手抜き無しの雑煮を二人で有り難くいただきました。(我が家の雑煮は、あご(トビウオ)でだしを取り、餅、ブリ、鶏肉、かまぼこ、カツオ菜、大根、人参、たけのこ、里芋、しいたけという具だくさんの雑煮です)
大晦日は十一月に結婚した末娘と婿の三人で恒例の墓参りをすませ、終わって二人は雲仙市の婿の実家へ出発。当地では暮れにお墓参りをするのが常識になっています。婿は高学歴、高収入ではないけど、とても気だての良い青年で、私の大のお気に入りです。両親とも気が合い、暮れには搗きたての配餅(丸餅、鏡餅、餡餅、きなこ餅、のし餅)が婿の実家から届けられました。いいことずくめの年末となるはずがそうはいきませんでした。

1月10日が予定日だった次女が30日に産気づき31日に男の子が生まれました。母子共に健在といきたい所なのに、暮れに4才の子がインフルエンザにかかり、続けて夫まで罹り、娘も8度近く熱があるという最悪の状態の時に産気づき、超難産で生まれた子は、へその緒が首にぐるぐる巻き付いていて仮死状態、娘は40度の熱で脈が180まであがり、そのまま集中治療室へ直行、夜には熱は下がったそうですがまだ集中治療室にいるそうです。赤ん坊は蘇生はしたものの、母親の体熱で脳症の恐れがあるので、精密検査が必要と言われている状態です。まあ大学病院なのでなんとか乗り切れるとは信じてはいるのですが、まだもう大丈夫だという知らせはきていません。というわけで我が家は波乱含みの年開けとなりました。
今年もよろしくお付き合いの程お願いします。
手作りのおせち
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